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まだ活性化中 [今日のこころ]

役にも立たないフィクションを書き始めたと前回の記事に書いた。
その後…4万文字を越えても、まだいけそうである。
異常事態。
思い返せば、そういう事が10代の頃に1度あった。
人生経験も文章力も無かったから、大したものではなかったはず。

いつもの新聞の折り込みの記事ネタも提出しなくては、と
大急ぎで書いている。
ほとんど書き換えられて載るし、ボツになるし、ペンディングになることもある。
編集者のお気持ち一つ。

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階段から [今日のこころ]

転居して、テレビをよく観るようになった。
死んだように無気力でいなければならない習慣がついた後で、
自分ルネッサンスの過程であっても、簡単に能動的になれなかったせいでもある。

相変わらずバラエティーや歌、日本のドラマはあまり好まない。
それが隣の好みでDVの記憶が蘇るからではなく、元々好きではないようだ。
チャンネルを合わせるのは、芸術番組、海外の旅番組、海外ドラマ、スポーツ。

2年近くたっぷり観たら、最近は少しテレビも飽きてきた。
することも無く、ぼんやりしていたら、階段で足を滑らせた。

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自分に呆れる [今日のこころ]

寒くなったせいか、肩凝りが悪化して偏頭痛に。
寒さで筋肉が緊張することと、不安やストレスが重なると起こる。
同じ理由で夜眠つけないこととか、頭のあまりの痛さで目覚めることも多い。

そんな朝。

悪い寝覚め、もう一度寝なおしたいぐらい。

やけに静かだ。

起きて朝の家事。
あれ?子どもたちが起きていない!

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自分の心を大切にする [今日のこころ]

自分の心の状態が安定していると、生きやすいだろうと思う。

この半年ぐらいでみるみる調子が良くなって来た。
半年前までは変に親切の押し売りっぽいことをされ、
以前の状態に引き戻されそうになることも何度もあった。

でも、近頃は落ち着いた。

DVから逃れるために環境を改善し転居した後、

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創作意欲 [今日のこころ]

心の調子が良くなったら、ブログに自分の気持ちを書く欲求が失せてきた。
多方面において、ある意味創作意欲が失せた。
ブログに書きたい内容も日常生活で感じる心の内側を書いているのは同じだが、
実際に書く内容はなんとなく変化。

子どもの頃から、空想する時も言葉を選んで考えるようなところがあった。
その延長で、文章を書くのも好きだった。

ある時失業して、職安の職業訓練でホームページの作り方を学んでから、
脳トレと勉強のため、日常にあったことを日記のようにブログを書きはじめた。
それから、数年。
DVで社会からほぼ隔離された奴隷状態になり、
心の調子が崩れてからは自分の存在を確認するかのように
心の内を吐露するようなブログを書くようになっていた。

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タグ: 表現 文章
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自分で自分の心を縛らぬように [今日のこころ]

人間は環境で変わる。
人間は周囲の人との人間関係で変わる。

最近、また家事をしたくない気持ちが起きてきた。
日本の大学などの授業の少ないダラダラのやり方に合わせて、
娘たちは不規則な生活になり、
隣は相変わらずの身勝手で不規則で嘘つきな生活が続く。

それに合わせたり、気を使ったりするために自分のペースが狂い、
疲れが溜まってくると、強要されて一番辛かった嫌いな家事が心の負担になる。

そういう時には、

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仕事がしたい [今日のこころ]

体は治せるところは通院できている。
治せないところもあちこちだが、そこはそれ、仕方のないことと受け入れる。

心は簡単にはいかない。
それでもひたすら自己反省をして客観的に見直して、
自分の心を自分で踏みにじらぬようにできるようになってきた。

ごく平凡な人としての権利がなかった過去。
「○○たい」ことは我儘だと教わり、
嫌がらせや報復が来るために自重していた。

そうやっていたら結果として心を押し殺すことになり、
心を失ったら人間であることを忘れてしまっていた。

今はできるだけ「○○たい」という欲を出し、それを許し、満たすことを許す。

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ルネッサンス [今日のこころ]

ある程度物理環境での自由を手に入れて一年半が過ぎ、
芸術系の刺激を得たり、かつての付き合いが戻ったり、
新しく勉強を始めたりと能動的になりつつある。

しばらく前に久しぶりにルネッサンス期イタリアの作品を鑑賞。
作品に囲まれているとなんと心地良いことか。
自分の周りの邪気がすうっと昇華していくような、ある種の清々しさを感じた。

表現は無論、心に何かを感じることも困難なほど追い詰められていた頃は、
あれほど居たたまれなくなったのに。

寝食を共にしなくて済む環境になってからも、
時折家族からハラスメントを受ける夢を見て、恐怖で目覚める。
何十年もの生活の影響は簡単に消えるはずもなく、その程度のことはまだ続くのだろう。

しかし、着実に、自分の心はより良いほうへ変化しつつある。

奴隷や物のように存在し、人間でいられなかった時があっても、復活できるのが人。
ただ心の自由さえ保障されていれば生きていられる気がする。

RINASCIMENTO(ルネッサンス)再生、蘇りの動きそのものを実体験している。

過去を整理して、新しく作り出すことができる。
人は心の力でより良く再生することができる。
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「人」でありたいので [今日のこころ]

いつも現場の人たちと考え方が違うことが多かった。

学校で学ぶ時も、社会で働く時も、家で家族をする時も。

勉強は他者を蹴落として上に行く。
できないから投げ出して将来を諦める。
教師に追従して評価を上げてもらう。

自分が得するように働く。
楽して儲ける。
他者を陥れて地位を手に入れる。

依存、執着する。
便利屋として使い、使われる。
自己犠牲。

どれもついて行けなくて

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人は心でできている [今日のこころ]

子どもの頃からずっと奥底で思っていた。

人は心でできている。

けれど、
他者の心が優先で、自分が後だと言い聞かせられて育った。
自分の思いを出すことは我儘だと叱られ続けた。

自分の存在はただ他者(家族)のため、
自分の人生は他者(家族)のために奉仕するべきで、
自分のやりたい事、好きな事を欲するのは我儘だ、と。

頑固な自分は奥底で思っていた。

表面だけ服従していればいいさ。
自分の心を外に出さなければいい、奥底で使うぐらいバレナイ。

けれど、表に出さなければ心は死んでいった。
表で使えなくなると、奥底で思うこと自体が無駄なように思い、
考えるのをやめてしまって、ただのロボットのように働くだけになった。

人は心でできている。

自分の心を殺したらいつしか自分は人間ではなくなってしまった。

思えば至極当然の結果だった。

間違いなく人は心でできていたのだ。
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