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たまには普通食 3 [料理]

「食えんことはないが、ご飯にならん!」

これで食卓に上げられなくなった料理を、もう一食。

ニョッキ。

ジャガイモを使う定番のイタリア料理。
ローマの料理で、食べる曜日も決まっている日常の伝統料理。

パスタ、スープ、リゾットと並んで、一皿めに数えられる。
まあ、主食扱いということか。

よって、これをおかずにご飯なんていうことはしない。

白米のご飯と汁とおかずしか許せないDVさんには
食事として認知されないものだ。
パンや餅は当然、麺類ですらまともな食事と思わない人に、
すいとんなどはあり得ないので、同じ団子系のニョッキもあり得ないのだ。

さて、

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たまには普通食 2 [料理]

先日のパエリアだが、実は綺麗に炊けなかった。
姉に進められた会社の鍋で炊いてみたのだ。
そこの会社のレシピの量を守った米と水と火加減だったのだが、
中心部が炊けていなくて、まだ白くて硬い米がポロポロ。

鍋肌に近いところをドーナツ型に食べ進み、中心部を残した。
その部分をどう処理しようかと考えた時に、
いわくつき?になった料理が思い浮かんだ。

アランチーニ。

小さいオレンジという意味のイタリア料理。
日本でもイタリアンレストランで食べることができるが、
思うような味と食感ではないものにしか出会ったことが無い。
大抵はピラフの丸いおにぎりの真ん中にチーズを包み、
パン粉の衣で揚げたものが出て来る。
パサパサの味の薄いピラフに少量のチーズが溶けているだけだ。
きっと本格的なのは高級店に行かなくてはならないのだろう。

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たまには普通食 1 [料理]

春休み。
一人になる時間もほとんどなくなり、
家族の出入り時間、食事時間に合わせる。
家事と家族の世話で頭がいっぱいになってしまい、
ずるずると引きこもっているため、メンタルは悪化しつづけている。
その上、DVさんも仕事の閑散期で家にいる時間が増えている。

そこへ、なんとDVさんの泊まり仕事が入った様子。
しかも2泊はしそうで、天候によって3泊か4泊という嬉しい予想。

チャンス!
毎日痛風ケアのプリン体対策料理の夕食と、
時間がまちまちのLUKAのための麺やなにかの昼食ばかりで、
長らく作っていなかった普通食のチャンスだ。

そこで、いわくつき?の食事を作ることにした。

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反省するための食べ物 [料理]

焼きうどん。

実家で家族の食事を作るようになって20年近くだったが、
焼きうどんというものを知らなかった。

子どもの頃テレビは自由に見られなかったため、情報不足。
明治生まれの祖母と戦後すぐ生まれの母の作るご飯のメニューで育った。
身体が弱く外遊びもしなかった。
10歳の誕生日前から食事を作るようになって、ますます家で過ごす生活になった。

今思えばなるべくして世間知らずになっていた。

「昼なら、うどんのように簡単で軽いものでも、まあ、いかんことはないこともない」

DVさんに言われて驚いたものだ。
うどんはご飯と認めないが、ぎりぎり我慢してやるという意味だ。
それで、3人前作った上でさらに自分の分を少なく盛り付け、
DVさんにどんとかなりの大盛にして食べさせていたのだ。

「何か食べるものは無いのか?昼がうどんだったから足らん!」
3時か4時になると決まっていい始めた。

あの結婚前のセリフは何だったのか?

「自分の事は自分でやらないと食事も出てこない家だったから、
全部自分のことは自分でできるから大丈夫」

「家事を妻に押し付けず、それぞれが自分で自分の事をする」
というのが自分の結婚の必須条件三つのうちの一つ。
DVさんと結婚したのは、この条件をOKした人がほかにいなかったからに過ぎない。

根っからの嘘つきと気付かなかった自分の経験不足。

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いつもの鏡開き [料理]

例年のことなれど、12月から1月はやたらと家事が忙しい。
やっと鏡開きになり、それが済んだら…。

毎年そう思うのだが…DVさんは仕事が減り、「家で仕事」という言いはじめる時期。
仕事の有無より、家に居るかどうかがこちらにとっては重要なのだが。
恐怖で物音を立てずに息をひそめて、怯えて過ごす生活になる自分。

その上、子どもが成長するにつれ、やっと学校に行き始めたと思っても、
朝はゆっくり、行ったら授業はほんの少しで、直ぐ帰ってくる。
2月には長い春休みに突入するのだ。

家族の世話と家事で自分を失っていくばかり。
自分の場合は、人間の日常生活に必須のことが自分を追い詰め、精神を病む原因だ。

昨日は診察日だったが、あまりに調子が悪かった。
自分は、家から出られる通院の時、
家族と確実に隔離される診察室にいる時が一番調子が良いので、
今の医師になってはじめて普段に近い状態で診察を受けた。

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弁当に思うこと [料理]

中学校までは給食だった。
給食は残すことが許されない時代で、それが責め苦のようで、
学校生活の中で一番辛かったものだ。
高校になると解放され、弁当生活となった。

ところが、ここでも問題が発生。
弁当はクラスメートの誰かと食べねばならない。
女子の一人食いはしにくい。
グループで一緒に食べるとなると、弁当の中身を見られてしまう。

母の作る弁当はAコースかBコースしかなかった。
Aは遠足用で、梅干しのお握り、卵焼き、ウインナー、
キュウリを真ん中でぶつっと半分に切って塩を塗ったもの。
Bは普段用で、普通のご飯、卵焼き、ウインナー、ピーマンの味噌炒め。

日常の弁当は毎日Bコース。

学校では当然、

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炒飯は科学 [料理]

「おじいちゃんのチャーハン食べたい」

時々、娘たちが言う。
彼女たちにとっては、懐かしの味らしい。
まさか極楽から戻って作れとは言えず、叶わぬことなのが残念。

父のチャーハンは「焼き飯」だ。
たっぷりの青ネギとウインナーソーセージを小口切りにして、
「ひやご飯」(朝に焚いて冷めたもの)と一緒に多めのサラダ油で、
醤油を垂らして香ばしく焼く。
ネギのちょっと焦げた香と、生姜、コショウでパンチが利いている。
昭和の家庭の味なのだろうか。

確かに、炒飯は、父がよく作っていた記憶がある。
自分も当然作らされていたが、母が時々作るほど父が炒飯好きだったのだろう。
父の好みに合わせるように努力したが、
油の量を父に合わせると、自分も母も食べられなくなってしまう。
最終的に、父は自分で好きなように自分の分だけを作ることにしたらしい。

孫である娘たちは、時々、父に作ってもらって食べていたようだ。
保育園のお迎え後、学童保育の後などに。

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好きなものを作って食べる幸せ [料理]

基本、
毎日まいにちだ。

お隣さん痛風発症以前は肉と魚メイン、
発症後はプリン体減の料理。
ブチブチと文句と嫌味を言われるのが怖くて、
常にお隣さんのお好みと都合に合わせた料理。
妻の好みが入ると機嫌が悪いので、ひたすら我慢。

このところ、暑くてイライラしている。
このところ、DVさんが仕事無いらしく、家に居る気配がして、
怖くてじっと息をひそめている。

この際、DVさんに合わせず、好きなものを作って食べよう。
味の好みもほとんど合わないのだ。

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おいしい米を手に入れに [料理]

DVさんにまた金銭的嫌がらせを受けている最中に、
LUKAのそっくりの嫌がらせ。
精神的に完全に参ってしまい、また身体も悪化した。
すぐに体に出る。弱くなったものだ。

雨が降りだす前に、米屋に行ってきた。

「米の不味いのは食えん」

DVさん言い分である。
いずれにしても行動制限DVで、米も勝手に買えなかった。

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鯛をいただいたので [料理]

蛸祭りの後は鯛祭りがやってきた。
自分じゃ買えないから、ありがたいことだ。

特大の鯛が2尾。

まだ熱が下がっていなかったが、
気温が上がっていたので、翌日にというわけにはいかなかった。
嵩張る超厚手のポリ袋から出すと、もう、少しダレてきている。

急いでとりかかる。

出刃包丁が欲しい…。

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