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ルネッサンス [今日のこころ]

ある程度物理環境での自由を手に入れて一年半が過ぎ、
芸術系の刺激を得たり、かつての付き合いが戻ったり、
新しく勉強を始めたりと能動的になりつつある。

しばらく前に久しぶりにルネッサンス期イタリアの作品を鑑賞。
作品に囲まれているとなんと心地良いことか。
自分の周りの邪気がすうっと昇華していくような、ある種の清々しさを感じた。

表現は無論、心に何かを感じることも困難なほど追い詰められていた頃は、
あれほど居たたまれなくなったのに。

寝食を共にしなくて済む環境になってからも、
時折家族からハラスメントを受ける夢を見て、恐怖で目覚める。
何十年もの生活の影響は簡単に消えるはずもなく、その程度のことはまだ続くのだろう。

しかし、着実に、自分の心はより良いほうへ変化しつつある。

奴隷や物のように存在し、人間でいられなかった時があっても、復活できるのが人。
ただ心の自由さえ保障されていれば生きていられる気がする。

RINASCIMENTO(ルネッサンス)再生、蘇りの動きそのものを実体験している。

過去を整理して、新しく作り出すことができる。
人は心の力でより良く再生することができる。
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「人」でありたいので [今日のこころ]

いつも現場の人たちと考え方が違うことが多かった。

学校で学ぶ時も、社会で働く時も、家で家族をする時も。

勉強は他者を蹴落として上に行く。
できないから投げ出して将来を諦める。
教師に追従して評価を上げてもらう。

自分が得するように働く。
楽して儲ける。
他者を陥れて地位を手に入れる。

依存、執着する。
便利屋として使い、使われる。
自己犠牲。

どれもついて行けなくて

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人は心でできている [今日のこころ]

子どもの頃からずっと奥底で思っていた。

人は心でできている。

けれど、
他者の心が優先で、自分が後だと言い聞かせられて育った。
自分の思いを出すことは我儘だと叱られ続けた。

自分の存在はただ他者(家族)のため、
自分の人生は他者(家族)のために奉仕するべきで、
自分のやりたい事、好きな事を欲するのは我儘だ、と。

頑固な自分は奥底で思っていた。

表面だけ服従していればいいさ。
自分の心を外に出さなければいい、奥底で使うぐらいバレナイ。

けれど、表に出さなければ心は死んでいった。
表で使えなくなると、奥底で思うこと自体が無駄なように思い、
考えるのをやめてしまって、ただのロボットのように働くだけになった。

人は心でできている。

自分の心を殺したらいつしか自分は人間ではなくなってしまった。

思えば至極当然の結果だった。

間違いなく人は心でできていたのだ。
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