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コントロールから抜けねばならないが [今日のこころ]

自分の場合、鬱症状がひどい時にどうするかというと、
どんな小さなことでも、少し無理することででも、
現時点ですぐに個人で許されている中で手を打てることをやってみる。
他者(家族)の助けなどあるはずもないから一切期待しない。

「何もできていない」「努力できていない」「頑張れていない」
「進歩がない」「勉強ができていない」「すべきことがきちんとやれていない」

そういう気持ちが蓄積されて行き、結果、

「だから自分はダメなのだ」「自分が未熟だ」「悪い奴だ」
「情けない奴だ」「無力な奴だ」「役立たずだ」

という考えがムクムク湧いてきて止まらなくなる。

「そんな奴には存在意味も無いから生きる意味が無い」
「社会に迷惑なだけの存在」

ひたすら自分を追い詰める思考だ。

だから


その反対に、少しでもできたことを数えるようにしてきた。
親やDVさんが満足しないような小さなレベルで、
一年前までは数えることが許されなかった「当たり前」のことも
数えるように努力した。

しかし、
それがまた家庭生活の家族の考えとの矛盾を産む。
母親が家族の日常の世話を黙って大人しくやるのが当たり前。
そうDVさんに教わって育った子どもたちは、一年前の約束は忘れて、
どんどんエスカレートしてDVさん的になってきた。
こっちが譲歩すればするほど、我儘はエスカレートする。

自分で自分の至らなさを責め続ける中で、
DVさんのいつものDVと、
子どもたちの無意識の習慣的行為に振り回され、
余計に悪化しているのだ。

せめて、自分を自分で責めるのを減らさないとならない。
何もしないでそのままの状態を続けるほど、悪化する。
だから、なんでもやってみる方に動かねばならない。

まずは昨夜から薬を元に戻すことにした。
医師の顔を立てて新しい薬を10日は続けたが、悪化する一方。
朝はだるくて起きられず、昼間もだるいし眠いし、気力が失せるばかり。
とうとう酷い偏頭痛も復活した。
続けて飲めと言われたが、寝付けず、悪夢にうなされる睡眠薬など、
どんなに医師が勧めようと不要だ。
寝つきは断然良くなったが、まだ悪夢を見て、朝はだるくて起きられなかったが、
起きて動き出せばそれほどだるくない。

決断して行動してみるべき。

昨日は雨にもかかわらず、一人で出かけてみた。
美術品を見に行った。
対人恐怖の症状がまだ出ていて、見知らぬ人とすれ違うたびにビクビク。
それでも、作品を見ている間は元気になれる。
良いものに触れれば心は癒されるものだ。

家に帰ると途端に調子は悪化し、頭痛を誤魔化しながら
味もわからずDVさんと子どもに食事を作り、
頭が痛いだ腰が痛いだというLOHAをマッサージしてやり、
グタグタ言い続けるLUKAの愚痴に相槌を打つ。
こっちが辛くてしてほしいことばかりをしてやる日々。
シェルター前と何も変わらない。

何にも変わりはしない。
外で3時間ほど楽な時間を過ごしたことに意味があるのか無いのか。

世間一般の理想論に鑑みて、
これを意味がある、改善点、良かったことだと思うべきだから、
そう思い込むようにしてきた。

なんと、これも今に始まったことではなく、
子どもの頃から親とDVさんに強要されてきた考えだった。

やっと、そこまで気づくまでになれた。
少しはマインドコントロールを抜けてきているのだろうが、
世の中の普通の基準ではないことを認めるべきだ。
普通の人なら「酷い」と表現するであろう現状から、
決して抜けきることはできていないのだと正しく認識すべきだ。

まだ大丈夫と思い込む。
よいことを一所懸命数えて、自分が恵まれている部分があり、
自分が幸せであるように思い込ませる。

それやめない限り、本当の解放はない。
自分で自分の事を決定し、自分自身でものを考え、判断を下し、
家族都合で押し付けられたマインドコントロールから抜けない限り、
今までと同じ過ちを繰り返し続けるだけなのだろう。


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